仙台高等裁判所 昭和58年(行コ)7号 判決 1985年6月28日
控訴人・附帯被控訴人
岩手県地方労働委員会
右代表者会長
畑山尚三
右指定代理人
大山宏
同
佐々木信一
同
石塚則昭
控訴人・参加人
岩手女子高等学校教職員組合
右代表者委員長
渡辺礼一
右訴訟代理人弁護士
沢藤統一郎
被控訴人・附帯控訴人
学校法人岩手女子奨学会
右代表者理事長
三田俊定
右訴訟代理人弁護士
田村彰平
主文
本件控訴及び附帯控訴をいずれも棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とし、附帯控訴費用は附帯控訴人の負担とする。
事実
控訴人・附帯被控訴人岩手県地方労働委員会(以下「控訴人委員会」という)及び控訴人・参加人岩手女子高等学校教職員組合(以下「控訴人組合」という)は、「原判決中控訴人委員会敗訴部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決及び附帯控訴棄却の判決を求め、被控訴人・附帯控訴人(以下「被控訴人」という)は、控訴棄却の判決を求め、附帯控訴の趣旨として「原判決中被控訴人敗訴部分を取消す。原判決添付の本件救済命令の主文第二項中、被控訴人が昭和五四年四月新規採用の佐々木徳司教諭に対し組合加入を妨げる発言をしたことに関する部分を取消す。訴訟費用は第一、二審とも控訴人委員会の負担とする。」との判決を求めた。
当事者双方の主張及び証拠関係は、次に付加するほか原判決事実摘示及び本件記録中の証拠目録記載のとおりであるからこれを引用する。
一 被控訴人の補充主張
被控訴人は学園を設置経営しているのであり、建学の方針に基づく学校秩序を形成する目的から、就業規則三三条六号において職員が学校施設内で文書を配布するにあたっては学校長の承認を要する旨定めた。それは、学校の教育方針に合致しない生徒への働きかけを排除せんとするものであるから、およそ学校施設内において学校長の許可なしには生徒に対し文書を配布してならないという趣旨であり、その配布場所が校門付近であったかどうかとか、文書内容が穏当か否かという問題にかかわっていないのである。右就業規則の定めに違反してなされた本件文書配布活動は、正当な労働組合活動に該当しない。
そもそも学校内で労働組合が文書配布をするにあたり、高校生を利用することは好ましくない。けだし、高校生は、思慮分別の不充分な未成年者であり授業を受けるために集まって来る被教育者であるから、労働組合活動、政治運動等における宣伝広報活動の対象とすべきではないからである。被控訴人は、控訴人組合が生徒の父母に対し私学助成運動のための働きかけをすることに干渉するつもりはなく、ただ教職員が生徒を介して文書を送付してはならないというのである。例外的に生徒を利用して配布しようとする場合は、事前に学校長の承認を得べき旨の定めに従わねばならないのであって、これに従わないで一方的に配布した行為につき学校長から警告を受けるのは当然である。
二 控訴人委員会の補充主張
使用者が就業規則により企業施設内における文書配布等につき事前許可を要する旨定めているのは、企業施設内の秩序を乱すおそれのある行為を防止せんとしているからである。したがって、控訴人組合における本件文書配布が形式的には就業規則の定めに違背すると見られる場合であっても、学園内の秩序を乱すおそれのない特別の事情が認められるときは、就業規則に違反するものではないというべきである。本件文書配布は、私学に対する公費助成運動上の要求実現を目指した重要な労働組合活動であるうえ、文書内容にも不穏当・反教育的な点がなく、且つ配布の態様も学校業務を阻害しない時間、場所を選び文書を封筒に入れて生徒に交付するという方法をとっているので、正当な労働組合活動との評価を受けて然るべきであり学園内の秩序を乱すおそれのない特別の事情が認められる場合にあたり、就業規則に違反するものではない。
被控訴人が控訴人組合に対し、爾後本件文書配布と同様、類似の行為があった場合に就業規則違反として処分する旨警告したことは、正当な労働組合活動を禁圧せんとする威嚇というべきであって、控訴人組合における文書配布活動を萎靡沈滞させ、組合活動に対する報復効果をもたらすものであり、これが排除されないとなれば組合員は萎縮するのあまり団結権の保障さえも無きに等しくなる。
三 控訴人組合の補充主張
不当労働行為救済命令制度のもとにあっては、労働委員会は特殊専門的知識経験に基づいて事実認定をしたうえ裁量的判断をもって団結権擁護のために必要且つ適切な措置をとるための権限を有しているのであるから、裁判所において労働委員会のなした救済命令の当否を判断するにあたっては、右裁量権限を尊重してそれが著しく独断不合理であって濫用にわたるなどのない限りは、右救済命令を違法とすべきではない。
理由
一 請求原因1事実については当事者間に争いがなく、成立に争いがない(証拠略)によると、被控訴人は肩書地(略)に岩手女子高等学校を設置し経営するものであり、控訴人組合は被控訴人に雇用されて右学校に勤務する教職員によって組織される労働組合であり、岩手県私学教職員組合連合に加盟している事実が認められる。
二 学校長の昭和五四年六月一日付申入書について
成立に争いがない(証拠略)及び弁論の全趣旨を総合すると、原判決添付の本件命令書三頁四行目から五頁一六行目までに記載の事実を認めることができ、これをふえんすると、控訴人組合は、労働組合の主要な活動として昭和四一年頃から岩手県私学教職員組合連合の推進にかかる私学に対する公費助成運動に参加し、昭和四四年以降は右助成措置を講ずるための岩手県条例制定の請求、岩手県議会や国会に対する請願を目的とした署名運動を展開し、当初は被控訴人の諒解のもとに情報宣伝用文書や協力申込用紙等を教室内で生徒に配布して父母に届けるように託し、またその成果を再び生徒を介して回収する方法によっていたところ、被控訴人は、昭和四九年四月一日施行の就業規則三三条に「職員は、次の場合には校長に届け出て、その承認を得なければならない。」とし、「次の場合」の一つとして「(6)職員が、学校施設内において、講演、集会、演説、放送をし又は文書、図画を配布、掲示しようとする場合」と定め、同じく三七条に「職員が、次の各号の一に該当する場合においては、これに対し懲戒処分として、譴責、減給、出勤停止又は懲戒解雇の処分をすることができる。」とし、「次の各号」の一つとして「(4)第六章に定める服務規律(……承認事項……)並びに諸届出義務事項に違反した場合」と定めたこと、もっとも控訴人組合が同年一〇月二九日付で「父母向けの請願署名関係文書の配布等について支障のないよう取計らっていただくこと。」と要望したのに答えて、被控訴人は同年一一月七日「本来組合活動のため文書配布等に生徒を利用する等は許されないが、特に授業等に支障なく平穏な方法によるものであれば、組合が自主的に行なうことに学校は殊更干渉しない。」旨回答して、黙許の態度を示すことにより従前同様の便宜供与をしていたが、昭和五二年一一月二九日に至り被控訴人は控訴人組合に対し、組合から文書類を生徒父兄に送付するについては、生徒を介することなく直接父兄へ送達する方法を講ぜられたいと申入れ、その後は控訴人組合においても、文書を生徒の父母に送達する方法としては教室内配布を止めて郵送もしくは校門付近で生徒に配布するなどしていたこと、そして、昭和五四年五月三一日早朝控訴人組合の組合員が、学校長の承認を受けないで学校敷地内の校門付近で登校中の生徒に対し、私学助成に関して文部大臣に対する請願署名運動のための情宣文書、署名用紙等三通(<証拠略>)を封筒に入れて配布したところ、被控訴人は同年六月一日控訴人組合に対して本件申入書(<証拠略>)を交付したのであるが、その記載文言は「五月三一日早朝、組合員が生徒に対し、直接組合名義による私学助成の署名協力依頼書等を手渡した行為は甚だ遺憾である。この種の行為については、組合側と再三の交渉において、学校としては許可できない旨回答してある。然るに組合員がこれを無視し、あえて右の行為に及んだことは、学校の教育方針に反するのみならず、学校の秩序を紊すものと認められる。以後、同様または類似の行為があった場合には、その行為の企画者または指令者および実施者に対し、就業規則違反に該当するものとして処分することとする。ここに厳重に申入れる。」というものであって、警告を含んだ強い調子のものであったこと、以上の事実が認められる。
右認定事実によると、被控訴人は、控訴人組合が昭和五四年五月三一日実施した本件文書配布に関与した組合員の行為につき、これが就業規則三三条六号、三七条四号に該当する非違行為であると判断して本件申入に至ったものと解されるところ、右被控訴人の事実認定、就業規則該当判断についての誤りは認められないから、かかる場合に本件申入が不当労働行為にあたると言えるためには、なによりも控訴人組合の本件文書配布について学校秩序を乱すおそれがない特別の事情の存在していたことが必要である。
ところで、本件文書配布は、高等学校における正常な業務状態のもとにおいて学校施設内で教職員労働組合により生徒を直接の対象としてなされた組合活動であり、しかもそれは文部大臣に対する請願権行使のための準備作業として、生徒の父母に対し情宣文書、署名用紙を送付するにあたり、郵送料を節約するための理由から生徒の手を借りたというものであるから、同じく企業施設を利用する労働組合活動のうちでも、たとえば使用者に対する雇用条件改善を要求して争議状態に入った際、組合員の団結の維持強化を図るために従業員を対象として展開される情報宣伝活動などとは同列に論ぜられる問題ではないし、しかも被控訴人は、控訴人組合が生徒の父母に対し組合文書を送付するなどの情報宣伝活動をすること自体については干渉しない立場を保ちつつも、ただ学校内で教職員が生徒を対象として文書を配布する態様の組合活動につき、高等学校教育の正常な業務運営を確保するうえの妨げになるので望ましい学園秩序を形成するためにはこれを解消するようにせねばならないと考えているものであり、学校がかく考えるについては教育上相当な根拠があると認められ、右教育における裁量的判断につき逸脱もみられない以上これを尊重すべきであり、反面本件文書配布については学校秩序を乱すおそれがない特別の事情の存在していたことを認めるに足りないことになり、したがって労働組合の正当な行為にあたらないのである。右の結論は、文書の内容やそれが封筒に入れられていたか、配布の場所が校門付近であったか否か等により異るものではない。
そして、被控訴人は控訴人組合の組合員に対し、雇用契約上の指揮命令権及び施設管理権に基づいて、学校内で生徒を対象とした文書配布の差止を求めることができるところ、そのための施策として漸次便宜供与を逓減せしめ、昭和四九年一一月七日原則的には右文書配布が許されない旨表明しながら例外的に教室内配布も黙許し、昭和五二年一一月二九日あらためて全面禁止を申入れつつその後校門付近で実施された若干例につき不問に付す等の段階を経たうえ、昭和五四年五月三一日実施の本件文書配布に対して同年六月一日に本件申入書を交付したのであり、その趣旨も爾後の非違行為を防止するための警告である。それは控訴人組合の労働基本権に対する配慮もなされた穏当な方法というべく、この点から考えても被控訴人の本件申入書交付について不当労働行為が成立することはない。
そうすると、被控訴人の本件申入書交付につき不当労働行為が成立するとして原状回復のための措置を命じた控訴人委員会の本件命令は違法であり、これが取消しを求める被控訴人の本訴請求は理由があるから認容すべきである。
三 学校長の佐々木徳司に対する発言について
成立に争いがない(証拠略)によれば、原判決添付の本件命令書五頁一七行目から七頁二四行目までに記載の事実が認められ、右事実に対する本件命令書一〇頁二行目から二四行目までに記載の法律判断も相当としてこれを首肯することができるのであるが、その理由について原判決一〇枚目表七行目の「すなわち、」から同一二枚目表六行目までに説示されているところを引用する。
しかして、控訴人委員会において、被控訴人の右不当労働行為に対する原状回復のために必要且つ適切な措置として本件命令主文第二項中に掲げる内容の救済命令を発するについては裁量権限の逸脱も認められないから、右救済命令部分の取消しを求める被控訴人の本訴請求部分は失当として棄却を免れない。
四 よって原判決は相当であり、これが取消を求める本件控訴及び附帯控訴はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 輪湖公寛 裁判官 小林啓二 裁判官 木原幹郎)